アマゾンの奥地で、文字を持たずに裸で暮らしている人たちでも子どもの教育はもっと真剣にやっています。さらに言ってしまえば、ライオンだってペンギンだってもっともっと真剣に命がけで子育てをやっています。教育とは、子どもに生きる術を身につけさせることなのですから。新指導要領にも「生きる力」「伸びやかな頭脳」「豊かな心」というそれはそれはチャーミングな言葉がちりばめられていますが、内容はまったくありません。子どもは日々成長していく生き物です。大人になるまでに身につけなければならないことがたくさんあります。その学習量はライオンやペンギンの子どもの比ではありません。だから、何よりも時間が大切なのです。そもそも「ゆとり」という言葉と「教育」という言葉は、決して結びつかない相反する概念のものだと思います。「楽しい殺戮」「ゆかいな病気」「明るい一家心中」と同じくらい「『ゆとり』の『教育』」という言葉の組み合わせに強い違和感を覚えます。「ゆとり」という言葉がいちばんぴったりと当てはまるのは「ゆとりの老後」でしょう。社会的な役割を終えたお年寄りが、お迎えを待つまでの束の間、余生を楽しむ。ゆとりとはそういうものでしょう。